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気になることがあって、いろいろと考えをめぐらせるところで、ある程度形になったので、あげてみようと思う。
紺の学年の短パンで、やたらおならがたまった現象について、再認識しながらいろいろと整理して、見直してみた。
不可解な点がありすぎていて、いまいちつかめないが、これは紺の学年の子向けなのに、自分が使ったからそうなった、と言うわけではない。
今手にしている紺の学年の短パンでは、全くならない。相性も良く、以前のような現象は見当たらない。
それでも記憶では鮮明に、妄想上では何度でも再現できてしまうため、ついそっち系で抜いてしまう。
当時、それが二度と起きなくなってしまう問題と分かっていたとしても、きっと抜いてしまっただろうと思う。
何も知らずに、紺の学年の短パンを手にとって、すぐに屋上で穿いて、少ししてから腹部で違和感がガス溜まりと分かり、すかしっぺして、すぐにまた溜まってきたので、降りるところですかしっぺた。
たまたまかな、と思って、そのまま教室に戻ったわけだけど、たまたまではなく、無意識的に活発に腸が働いていたわけだ。
このぜん動運動と呼ばれる腸独自の動きを、短パンの圧迫=ストレスによって、おかしくしていたわけだ。
現代ではストレス性によるガス型IBSが有名だが、当時もこれと同じような状態に近かった。
それが不思議でおかしくて、自分なりにおもしろいと感じていたから、困惑することはなかった。
けど、教室でガスがたまりだして、パンパンに張った腸が苦しいと感じたのもこの時で、どうしよう、出たらまずい、トイレ行けない、と焦りまくった。今の子たちも、こんな症状で学生生活を過ごしているのかと思うと、可哀想に思った。
何とかこらえて、休憩時間にトイレに入って、呼吸を整えてタイミングを読み、すかしっぺできる時を狙って、静かに放った。
その時のガスの量もすごかったが、開放感もすごかった。臭さはさほどでもなかった。
それから放課後、家に帰る途中、自転車に乗っていて、またガスが溜まりだして、今度はすぐに出そうと後ろを確認してから、すかしっぺした。
生暖かい感じが、おしりを包んだ。
さすがに気持ち悪いのと、気になるのが混じって、とにかく脱いでみると、活発だった腸は落ち着いた。
試しに、その夜にまた穿いてみると、見事にガスが溜まりまくって連発した。
溜まり方も特徴があって、お腹の大腸があるところと、おへそにくるゴムがあるところで、ポコポコ、プクッ、と言う音や感じがする。
それが何回か続くと下へ降りてきて、だんだんとおならがしたくなってくる。
小さな泡がいくつも合体して大きな玉になって、出口に向かって行くような流れだ。
今思えば、フェチにはたまらない刺激だと思う。ガス型で悩む子には、笑いごとじゃないわけだけど、自分は好感が持てた。
フェチ要素満載のために、その時から好きになるのが加速した。
いつまでたっても落ち着かずに、溜まり続けて出まくるので、寝る時には脱いだ。脱ぐと落ち着いたので、短パンのせいだと言うのは明確である。
翌日も、紺の学年の短パンも持って学校に行き、休み時間に屋上に行って、試しに穿いてみると、すぐにガスがたまって、あっと言う間に出てしまった。
すぐのことだったため、待ち構えていたかのような早さだった。

流れとしては、こんなところである。あとは繰り返しになるし、抜いたらもっと悪化して、最後は下痢するようになり、捨てることになる。
下痢をするようになって捨てることになる点では、エンジの時も同じなので、いずれも、腸のぜん動運動の影響を与えていたことに変わりないだろう。
エンジでも、堂々とぶーぶーしていた奴もいたから、中学の時はみんな、常に短パンを穿いていて、おならが出るのは周知のことなので、遠慮なく出して恥ずかしがると言う光景もなかった。

この時、たまたま手にしたのが紺の学年の短パン、と言うだけであって、エンジの場合でも、もしかしたら同様の現象があったかもしれない。
緑の場合は、明らかにおならの音が大きいのと、音も違うので、何か狙いがあったのかは知らないが、要は素材が関係していると思われる。

エンジのような、ペニスが異常に感じやすくなってしまったりするのも、素材が関係している可能性が高い。
素材以外では、前に使っていた人の形が残っていることくらいだ。
紺の学年の短パンを買ったとき、「1枚だけある」と言われて、出されたものだったわけだけど、なぜか一度、袋から出されて、戻されたような”崩れ方”をしていたのだ。
ただ広げるだけでも可能なので、見てみてサイズ比較をしたのかもしれないが、この「1枚だけある」と言うのがひっかかる。
言ってみれば売れ残り。訳あり。難あり。普通はそんな印象だ。自分はあまりない。当時は「あってよかった」程度だった。
なぜ、一度出されて戻されたような感じだと分かるのか。普通、広げただけなら、そのまま戻すと言っても一応は商品なので、形が崩れていなければ、いくらやわらかい素材と言っても、簡単に元に戻るような、ちゃんとしたアイロンがかけられているので、普通は崩れた状態では入っていない。
しかし、自分が手にした時のものは、明らかに”穿いて”戻された状態が分かる。一度でも穿くと、今の時代では当たり前の、形状記憶加工なんてものはされていないため、体に通せばゴムが伸びて布も膨らみ、完全に元に戻せなくなる性質がある。
特に意識していない人からすれば、当時も今も変わらず、ただの「体操着」だから、適当につっこんで「変えて欲しい」と言えば、あっさり対応するだろう。
体操着そのものは、商品であっても利益を求めた洋服ではない作業着系なので、売る側もさほど意識しないし、学生が買うことに、いちいち形を気にするはずもなく。
タグの位置が違っていようとお構いなし。つまり、これが一度「取り出した」あるいは「着用した」証拠につながる。
これまでの経験上、取り出して広げて見ただけであれば、たたみ方は売る側がよく分かっているので、戻す際は丁寧にたたみ直して、崩れたままにはしない。
しかし、一度他人の手に渡ったものが返品された場合は、袋に雑に入れられていようと、わざわざ袋から取り出して形を直してから入れなおす、などと言う手間をかけるはずがないのだ。
ここで気になる。なぜ返品されたのか?
やたらガスが溜まりまくる、この短パン。きっと、その子が穿いた時、この違和感を感じて、変えさせてもらったのではないかと思う。
穿いた直後にガスが溜まりだす。これは、穿いた人にしか分からない。説明しようがない。適当にサイズ間違えたとでも言って、交換した可能性が高い。
購買の人が、ちょっと困惑したように、1枚だけある、と言っていたのも、何となく分かる。なせ交換したのかは分からないけど、この1枚だけはある、と言った感じだった。
穿き続けていると、ひどい時はお腹のおへそにくるゴムの位置と、その位置の大腸が活発すぎて、音がはっきり聞こえるくらい大きくなる。
自分でも認識できるくらい、細かなガスの動きひとつひとつが脳に刺激を送り続け、とても集中できない。
常識的に考えて、実用に耐えないと言える。おそらく、この1枚は、いろんな子の手に渡っては交換され続けたのではないかと思うのだ。
さすがに購買の人も、何か変だなと思い始めていた頃ではないだろうかと。
明確な理由も分からないまま、その1枚だけがみんな返してくる、と言う点は共通のため、たまたま?それとも?となる。
そこで自分が手にしたのではないかと。

もしまた、このような症状が再現できるのであれば、休みの日は穿き続けてお腹をポコポコ鳴らしてみたいところだ。
しかし、学校生活で使う場合、1日のうち朝から夕方、夜までの、ほとんどの時間着用しているわけだから、常にガス溜まりを意識させられるわけで、溜まったら出すしかない。そうなると、臭くなければまだしも、ガスなので臭さはあるので、そこらですかすわけにも行かず。
自分は学年がエンジだったから、常に着用するわけではないので困ることはないし、遊びで手に入れたから関係ないしで、ちょうどよかった。

特徴としては、とにかく硬い布地、ザラザラ・ゴワゴワした素材、色がほぼ黄色っぽい、あせた蛍光色。手がかりは、これくらいしかない。
今手にしているのは、このときほど硬くなく、ゴワゴワしているほどでもない。色もそこまで黄色ではない。

続きはまた改めて書ければ書く。
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オレンジ色には、いくつかの違いがある。
見た目だけでは分かりづらいオレンジ色の違い。
違いを見抜くには、ある程度の知識と経験が必要になる。
写真を見ての判断ほど、難しいものはない。
実際に手に取ってみても、パッと見は分からないことが多い。
はっきりと分かるほどの違いが出るものは、色の濃さくらいだ。
オレンジ色には色の深さのようなものがあり、その度合いによって変わってくることがある。
濃いオレンジ色と、薄いオレンジ色。赤っぽいオレンジ色と、黄色っぽいオレンジ色。
言葉で説明するには、簡単にはこれくらいの違いがある。
また、素材についても、この色の違いで肌触りが違うことがある。
おそらく、繊維に染める時に、きっと一番難しい色が、オレンジ色なのかもしれない。
作った時期によって、いわゆるロットの違いで、若干の違いが出てくることがある。
それは、素材の改良によって、染め具合が変わったりするが、見た目は分からない程度の違い。
前のと重ねてみて、初めて分かることもある。
一番分かりやすい違いを見つけられる場所は、ひとつ。
裏地を見る。縫い目を見る。それで材質が違う場合は色がここではっきりと違ってくる。
なかなか裏地をチェックすることはないし、気にもしないところだと思う。
しかしこれも、写真などにしたら全く意味がなく、どう違うのかは、やはり自分の目で確かめて、知識を身につけて経験を積むしかないと思う。
メーカーより素材である。ひとつ言えるのは、有名なメーカーであれば材質は良いもの。値段相応。
メーカーものにこだわる必要はないが、好きなメーカーに一途になるのも悪くないと思う。
他のメーカーでも、新しい発見があるかもしれない。
おもしろくするのも、つまらなくするのも、自分次第である。
丁寧に作られているものは、裏地もしっかりと違いが出ている。
表面の色と、裏地の色が違っていたら、素材はいいものかもしれない。
肌触りを言葉で説明するのも、人によって感じ方が違うため、その人にとっては感じてしまうと言う、その感じてしまう部分が何かによって、相手に伝わるかどうかは別問題である。
肌触りがいい、この言葉だけでは、どう良いのか不明である。
サラサラしているのか、スベスベしているのか。これだけで違いは大きい。
ふわふわを求めている人からすれば、サラサラやスベスベは感じないかもしれない。
ヌメヌメが好きな人にとっては、ふわふわは相性が違う可能性さえある。
その微妙な違いの説明は難しく、本人にしか分からないことが多い。
このため、共感を持とうとするならば、実際に会って、目の前でものを手にして、同じことにうなずくのかを確かめる必要がある。
意見交換をしてみないと、分からないことがある。
程度によりけり、女装など見た目だけでハァハァしてしまう人は、布地の性質や相性は範囲外である。
じっくり味わって楽しむ場合に限り、その素材の良さを理解し、知っている味を楽しむ。
できれば共感が持てる人と、感じあいたいこともあるが、一人だけの秘密だからこそ、良い面も存分に引き出せていることもある。
現在生産されていない、販売されていないもので、過去のものにプレミアをつけて高価格でせり売りしている光景を見かけるが、価値の分からない転売屋に、釣りあげ食らって諭吉チップをくれてやっても仕方ない。
仮に手に入れても、次の2枚目はないのだから、そう言うものに依存するのは、やめたほうがいいだろう。
結局、「過去の」他のもので妥協する。どうせなら現行版で他のものを知ったほうが良いのではないだろうか。
ナイロンでなければ抜けない、と言う人は残念だが。ポリエステル、素材は特にこだわらない、気持ちよければ受け入れる、と言う人には光があると思う。
ひさびさに短パンの整理をしていたら、ショーツもかなり出てきて、相当買い込んでいたことを思い知る。
物への執着心は本当にすごいと思った。実際に持っているもののほとんどが、オレンジよりエンジを集めていたことに気づく。
ライン入りは、やはり良いと思った。過去の名残でもあると思う。
ハーフパンツへの移行が進む中、モデルチェンジする前に手に入れた、女子用のエンジのニット短パンが数多く見つかった。
もともと、使用済みは好きではないため、すべて新品で購入し、デフォルトが後ろポケット2つ仕様のため、丁寧にハサミとカッターを使って、縫い付けている糸を切り、外していた。
その外した布も、ちゃんと持っていた。肌触りは、やはりふわふわしている。ニット短パンならでは。
気持ちよさは、それぞれで違っていたりした。サイズ150は甘みがあっていい。主にサイズS72を集めていた。
仕方なく手に入れていた黒紺もあった。また、別の業者が販売していたニット短パンも見つかった。
別の業者の場合、汎用短パンに学校の名札を、あらかじめ縫い付けて売ると言うもので、学校と学年、性別を指定すれば、名前を書いてすぐに使えるようにしてくれてある親切さがある。
一般に販売しないわけでもなく、自由に買うことができる。ただし、学校名の名札が縫い付けられているため、知っていないと店員が、難しそうな顔をする。
男子用では珍しい、白色にチャック付きのニット短パンも見つかる。その前にも白のニット短パンは持っていたものの、素材が全く別物で、慣れない感じがして処分した記憶がある。
このチャック付きと言うのも、また珍しいと思う。ある小学校で現在も使われているものの、この地域ではその1校のみで採用されている。言ってみれば、絶滅種に近い。
チャック付きは、青もある。男子専用、ってのは当たり前でも、今はこのニット短パンも廃止されてしまっている。
いろいろと無くなって行くことに気づいて、できる限り手に入れるように頑張ってきた証拠だ。
ショーツに関しても、インゴムタイプは少なくなりつつあり、昔と違って今のは少し違っていたりする。
それと、サイズも昔の最大165を上回る、ついに170が出るようになった。
今の子は大きい、と言うのは知っていたものの、まさかの170。大人でも着れるサイズ。嬉しいような、複雑な心境。
それはつまり、大人より体が大きいので、しかも小学生で。追い越された気分でもある。
大きいサイズが普及したおかげで、小太りなおっさんでも女児ショーツを身に着けることが容易になったことで喜んでいる奴もいそう。
そんなこんなで、基本160サイズまでしか持っていない自分が、懐かしさと、このまま使わないと言うことは、今後も使わないであろう予測から、処分することに決めた。相性が合うものは、そのまま残すとして、どちらでもない、合わないのは捨てる。
ニット短パンについては、今後、ニット短パンそのものが、この世から消えてしまう日が来るかもしれないので、相性が合うものだけを、大切にとっておくことにする。それ以外は捨てる。
次に出てきたものが、何とブルマだった。いつ集めたのか。確かにレッドスワローは好きだし、レアアイテムであることは間違いないので、捨てるはずもないわけて。
レッドスワローのブルマなんて、ヤフオクでしか手に入れることは不可能なので、間違いなく落札して手に入れたものだと言うことは間違いない。
例外的に、レッドスワローのオレンジのブルマ2種類は、問屋の倉庫整理業者による販売だったため、ヤフオクのように諭吉を捨てるようなことはしなかった。
この業者は後に無くなってしまう。ちょうど警察からのガサ入れが厳しくなっていた頃ではないだろうか。ブルセラ系が軒並み検挙された事例がある頃だと思う。かなり前である。
ブルマも穿き慣れると、そう悪いものでもなかった。コスプレ女子高生ブレザーの時は、ブルマを着用している。スカートの感じが肌に伝わるのはいい。
これが短パンになってしまうと、はみ出て見た目が情けなくなるので、スカートにはブルマが最適だと思った。
抜くことについては、ブルマは、やはり気持ちよくなれない。ちょっと抵抗があると言うか。
これは慣れの問題かもしれない。馴染みがないこともあり、特に気持ちよさも感じない。それは仕方のないことだと割り切る。
現行でもブルマを販売しているファッショナーは、色も豊富でいいと思う。オペロンゴムタイプは、貴重な品であることは間違いないが、いずれも消耗品なので、使用に耐えない日はやがてくる。
オペロンゴムで思い出したのが、中学だった頃に使われていた体操着の短パンは、隣の中学では男子用がブルマもどきになっていたことだ。
確かカンコーが出していて、学年色のパンツタイプ。一度エンジを手に入れて、穿いてみたことがあるものの、お腹のゴムがオペロンゴム仕様で、とてもゆるゆるしていて、短パンのようなフィット感がなく、ブルマのように太もも部分が狭くなっている程度で、布地は荒めだった。気持ちよくなれないので、すぐに除外対象になった。
しかし、今思えば、あれも3色手に入れて、とっておけばよかったなと思う。
小学校の女子用に使われていたニット短パンが中学でオナニーを加速させたのに、まさかの男子用にブルマもどきを標準で使わせるとは。なかなかすごいことをしていたと思う。
オナニーに目覚めた子は、間違いなくムズムズしまくって、中で暴発しちゃってた子もいそうだ。想像しただけで可愛くて仕方ないんだけど。まさに男の娘扱いだ。
ナイロンとポリエステルの違いは素材そのものを指しているが、味わいからすれば、どちらも同じようなものだと思う。
馴染みの高いポリエステルは自分も大好きである。
あとは、表ポリ100%、裏ポリ50%、綿50%の表示について。このタグは参考にならないことを書いておく。実際、共通タグ85%・15%でも、90%・10%でも、気持ちいいものは存在している。
50%・50%だからといって、気持ちいいとは限らない。オレンジのニット短パンでも、エンジと緑とでは全く素材が違っているし、女子用はそんなに肌触りがよくない。
見た目と肌触りで、総合的に判断するのが、一番いいのかもしれない。
ブルマーで暴発する、と言う流れを見ていて、直穿きして中出しして、のことから、自分の中でもしかしたらと、思いあたるところを列挙してみようと思う。
何がきっかけで、味を知ってしまったのか、一度知ると、その方法を毎日続け、その方法の応用をマスターする。
慣れてくると、さらなる刺激が欲しくなるため、新しいものを買ったり、いじり方を変えてみたりする。
自分の場合は、たまたま中学のニット短パンが、オナニーに最適すぎていたと言うか、短パンだし女子用でもないのに、どうしてあんなに感じてしまったのかが分からない。
しかしそれは今だから思うのであって、感じてしまって新鮮な楽しみを味わっていた当時は、おもしろすぎて夢中になっていた。
そのせいもあって、今さらブルマーを穿いても、気持ちよさはそこそこ、抜くことは難しい。短パンに慣れてしまい、その感触が当たり前でオナニーを続けてきて、そうして今までがあるから、ブルマーほど小さいと、触れる部分も少なく、短パンに比べれば、すぐに肌に触れてしまう。
本来なら布地が来ている部分がなくて、肌に触れた瞬間に冷める。むりやり抜いたこともあるが、正直気持ちよくなれない。
それ以前に、女児ショーツを穿いて、ニット短パンとは別の刺激でありながら、ニット短パンと同様の気持ちよさが来ることから、夢中になって受け入れていた。
女児ショーツに比べれば、伸縮性も全然ないブルマーは、あんまり馴染めないのだ。多くの人がするオナニーの方法は、見た目重視であったり、妄想重視であったり、そう言う傾向があるんじゃないかと思う。
見た目重視であれば、そこに興奮が起こるわけだから、着る意識を持つ時点で立ち、肌に触れてハァハァ、身に着けたところで準備完了、あとは羞恥心を意識しながら遊べばいい。
自分は見た目で遊べたのは、慣れてくるまでのわずかな間だけだったと思う。今は見た目より味わい重視である。
触り心地を感じながら、知っている感じを確かめながら、認識しながら、確認しながら。
少し面倒のように見えるが、解きほぐして行くと、そう言うことになる。それくらいオナニーに慣れて、刺激を求めた結果と言えるのかもしれない。
ブルマーで感じてしまう多くの場合、キーワードはブルマー=女子が「見せてもいい肌着に近いものでありながら、限りなく肌着に近くて毎日穿いているもの」と、「女子用の体操着のパンツである」の2つではないだろうか。
あとは着用画像で見ても分かるとおり、股間部分が非常に際どいことになっている。本当に最小限の目隠し程度、男子用水泳競パンにも似たくらいの狭さ、小ささ。
エビぞり状態では、もろに女子の股間が出てくる部分だ。それはもう、肌着ほど伸縮しないせいもあり、肉そのものの膨らみが赤裸々に表現されてしまう。
その点肌着では、ある程度の余裕も持たせられるようになっているため、体型そのものがまともに出てくることはないにしても、肌着もまた、かなりのエッチさがある。
女子の肌着姿となると、見てはいけないものとして遠慮する部分もありながら、体操着のパンツブルマーであれば見られてもおかしくないことが正当化されつつも、いやらしい目になるのは当然のことであり、そう言う意識で実際に穿いてみると、その恥ずかしさがどう言うものなのかが分かったりする。
そこからさらにヒートアップしてしまうと言うのも分かる。羞恥心もなかなかのスパイスになり、オナニーを楽しませてくれる。
臭いフェチ系も入ってくれば、下着の次の下着と同様のもの、肌着の次と言うところから、やはり気になる部分だろう。
水着のようにプールに入って終わりではなく、生活の中で1日中、ずっと身に着けているとすれば、そう意識しただけでムラムラするのではないだろうか。
その「女子のもの」と言う、形そのものにこだわると、ニット短パン=男子用であるため、どうして気持ちいいのかが理解できない人もいると思う。
最近こそ男女共通体操着になり、その取り組み自体は10年以上前から始まっている。なので、短パンでオナニーする意識については、もしオナニーする機会があったとして、たまたまオナニーになってしまって目覚めたのか、しかし、男女共通になると結局のところは萌えないのだ。
女子のもの、と言うこだわりがあるからこそ、萌え要素は存在する。実は差別こそが最高のスパイスかもしれない。
ブルマーを知らない世代の子が、ブルマーに身に着けたらどう感じるのだろうか。
非常に興味深いところでもある。18禁エロゲーではブルマー体操着は当然のように出てくる。
体操着にブルマーがあったと言うことを知らない子からすれば、アニメキャラのコスプレ程度に思うかもしれない。
あるいは、幼稚園、保育園時代の幼い子向けと捉えているかもしれない。
ブルマーを知る世代からすれば、きっと今の小学生に着させてみたい、と思う人はいるのではないだろうか。
そして、その知っている姿が蘇った時に、「ああ、これだ。やっぱり可愛いじゃないか。」と再認識することだろう。
しかし、今の子供たちにはおそらく、ものすごく恥ずかしい感じがするだろう。色気が出てくる高学年にはなおさら。
その成長期の体がもろ浮き出る体操着であるほど、知っている世代からすれば最高の興奮が得られるのではないだろうか。
そして次に懸念されるのが児ポ問題である。行き着く先はここである。
エロは自制しきれないほどの大きな力が働いてしまう。欲求を満たすためならやってしまう。
大人の力ではできてしまう。だから、根本から見直しての今なのだろうかと思う。
今は男子に対しても辱める行為をしてしまうこともあり、児ポ問題が本格的になったわけだ。
そうなれば当然、対策としては一つ。男女差別を無くして共通の服にしてしまえばいい。
性別関係なく同じ服にしてしまうことは、実は性欲を求めなくなる原因のひとつ、と言う点については考えていないようだ。
差別もスパイスであると思うのは、ここに関係する。男女の意識がなくなるとどうなるか?
そう。幼少期と同様、同じになってしまう。好きは好きは性別ではなく友達の好きだ。
この意味は重要で、性別があるからこそ、男は女を守ろうとするし、女もまた男を求める、それが本来だ。
それが友達の好きになった場合はどうだろうか?
命をかけても守りたいと思うだろうか。同姓同様の扱いになる友達に、原動力として必要なエネルギーの元である性欲が育たなくなってしまったとしたら?
それでなくても、オナニーそのもので、いけないことをしている、と言う意識が働いてしまう。大人になってもそれは抜けず、認知されていても、やはり一人の時間で存分に楽しむわけだ。
このオナニーについても、行き過ぎればセックスでは行かなくなる。刺激の仕方は独自研究が重ねられ、自分にしかできない、いつもの味わいと刺激となってしまい、他人にしかできない刺激なんて知れているわけで、慣れてしまえば最終的には自分の手でしか抜けなくなる。
この時点で相手がいらなくなってしまう。そのひとつひとつに、ちゃんと目を向けているのか疑問に思うことがある。
ブルマーをコスプレではなく正式採用しろとは言わないが、生まれ持った性別に関しては、ちゃんと意識を持たせて、異性の魅力を求めるようにしなければいけないと思う。
異性の魅力があるからこそ、スパイスも効果があると言うもの。
ブルマーを知る世代の人たちは、ブルマー復活を願うのも分かる気がする。
オナニーの道具と化してしまったブルマー。本当に露出対策として使われているのは少数だと思う。
性別についての障害は、以前にも書いたと思う。自分が男性であることに対して、小さい頃から母親によって傷つけられ、エスカレートして行き、気が向いた時に勝手に部屋を掃除する母親が、男の部屋からエロ本のひとつも出てこないことに違和感を感じなかったのか、その後も攻撃姿勢は崩さず、単に家事を手伝わないだけで「親不孝者」と叫び、大勢の人にあることないこと、相当ひどい事を毎日のように言っていたのだろう。
ある日、母親の帰りが遅いことから、飲み屋にいるのではないかと言う流れになり、店に電話をかけたところ、そこのママが出て母親の名前を言うと、逆ギレして「あんた、お母さんの気持ち、分かってあげなよ!」と意味が分からずに無条件で言われたのを今でも覚えている。
第三者から物申すは相当である。父親以外の男を部屋に連れ込んではエッチをして喘ぎ声を夜中に出し、小学生だった頃の自分が母親の、当時の解釈では”苦しそうな声”が疑問で気になって、部屋を見たら本番最中に、なぜか布団屋のセールスのおっさんが「何見てんだ!早く寝ろ!」、だらしない顔をした母親と。
衝撃だった。小さい頃から自分が男と言うことに対しては、特に意識もしていなかったことと、ごく自然なことであり、当たり前に接してきたし、イカレタ母親以外は、自分の中で言うところの”母親”は、おばあちゃんだった。
おばあちゃんは、いけないことはちゃんと叱ったけど、ちゃんと名前で呼んでくれていたし、「男の子なんだから」とは言わなかった。明示的に性別指摘は一切しなかった。
注意の仕方も、ちゃんと意味を教えてくれていたし、怒鳴ることもなく、言われた通りにできた時は、ちゃんと優しくしてくれた。
自分が人に説明するのが丁寧だったり、優しくしてあげられたりするのは、おばあちゃん譲りである。
そのおばあちゃんから、母親が教育するようになってからは、言うことが酷い。
はっきり言って、母親失格。認められない。自分の中では無理。正直なところ、親ではなく他人。それくらい違っている。
本当に血のつながりがあるのだろうか?と思うほど。
してはいけないこと、についてのしつけは、厳しいのは確かで、父親との離婚からさらに厳しさを増した。それは厳しいと言うより、男に対する八つ当たり、偏見からくる劣等人間扱い、言うことを聞かないからとナメンナの口調、いつも常にカッカしてキレてるような人だ。
この年になって、いろいろと整理がついて、ようやく理解できたが、すでに遅い。もうどうでもいい。
今さら母親に謝られたとしても、どうでもいい。傷は消えない。この傷の仕返しは最大の、母親本人がとても希望していた「親不孝者」呼びしていた通りの、「結婚をしない」「孫はない」そして「未来はない」だ。
20代の頃から、せめても女性に対しての意識が持てていれば、まだ救えたのかもしれない。
それすらしなかったのは、家族の中では唯一の、女性代表である、しかも一番影響力の大きい存在である「母親」から、毎日のように言葉で虐待を受けたためである。
「男って」「男のくせに」この言葉が、どれほどの破壊力をもたらしているか。
息子の自分は、「男」である。心は望まなくとも体は「男」なのである。
その母親から常に言われていたことは、「男は頭が悪い」「男のくせに」あたかも、男であるがために、自分は劣等人間であると強制的に認識させていた。
加えてニュースでも、痴漢問題について触れていたことがあり、警察沙汰になった場合は人生が終わる可能性もあると言う実態を見てしまった以上、怖くて怖くて、とても手が出せなくなっていた。
女性の体を触るだけで犯罪者扱い。男とはそう言う部分でも十分ハンデがついている。
確かに、暴力では男性は有利だろう。だが、言葉の暴力は女性がキツい。
何度もそうやって、自分を否定し続けた。家に帰れば「勉強は」
楽しいことがあって、嬉しさから”共感してもらいたくて”母親に話したら、「あっそ、勉強は?」
笑わない母親。そしてとどめは「男のおしゃべりは気持ち悪い」最強の鈍器だと思う。
コミュ力を奪ったわけだから、意思疎通不要、会話不要、すなわち、情報収集不要。
人間関係形成不可。様々な支障をきたすことすら、怒り任せで頭に血が上って、判断もできないくらいなのか、よほど、男と言う生き物に、ろくな目にあわなかったのだろう。
言葉でぶん殴っても蹴っ飛ばして心をズタズタにしてでも、男は女を求めてくる、絶対の確信を持っての暴言で、不安要素もなければ、気にもしなかったわけだ。
それは、ある程度、男性としての性質をしっかりと、根っこから持っている奴が問題ないものであって、幼い頃から、分かりやすく言うなら、これから成長する苗木に、根っこやら枝やらを傷つけてしまったら、成長するにつれて傷は薄くなるかもしれないが、度が過ぎれば枯れてしまう、と言うことが分からなかったのだろうか。
家に帰れば勉強を強要するから、友達との帰りで、家に帰らず遊びに行く。これが、母親から言うには「ランドセルを置いてから遊びに行け」と言うが、そのようにすれば「宿題やってから遊びに行け」宿題をやっと終わらせると17時を過ぎていて、「もう遅いから行くな」それって”遊ぶな”って言うのと同じ。
そうなりゃ当然、家なんか帰らない。そのまま友達の家に遊びに行って帰ってくる。そこを「言うことを聞かない、親をやめている」と解釈した母親はひねくれているし、その歪んだフィルターから子供の意図など読み取れるはずもなく、一人でキレている。
自分からすれば、ただ怖いだけの、甘えることもできない、役に立たない人。男のおしゃべりは気持ち悪い、これを言ったら、もう相談相手にもならない。
常に怒ってばかりいるような人に、楽しいことを話そうなんて思わない。
中学になってからは、布団屋のおっさんが父親の代わりになり、籍は居れずに同棲するようになる。
最初の頃は、自分のことを「くん」付けで呼んでくれていたものの、時が経つにつれて、声を荒げて呼び捨てする始末。
そしてそのおっさんからも「母親の金で飯食ってんだ」最低だ。義務教育期間の子供に、そんなことを平然と言うのだから。
さらに酷いのは、子供のいる前で、わざわざサラ金の話しをした。子供にお金の心配をかけさせると言う。
自分は違和感なく、大変なんだなーと思って、しゃべることを禁止した母親の縛りもあって、友達は作れず、同年代であろうと敬語で会話していたから、心を許せるに近い、安定した相手は先生だけだった。
その先生から言われたのが「お前の口から、借金と言う言葉が出るのはおかしい。」
第三者の誰が見ても異常事態であることは明らか。だが、家庭問題のために、誰も踏み込めなかったのだ。
進路相談においては、本来は本人含む、親と先生を含めての三者面談が普通だが、自分の場合は「男のおしゃべりは気持ち悪い」の縛りから、母親は除外、先生もこの重たい事情を察して、配慮から自分と先生だけの相談になった。
先生からの提案は、やればできる子であるにもかかわらず、本気で勉強嫌いにさせてしまった母親のため、偏差値が低すぎてしまい、普通の高校に入ることは不可能で、入れても農業高校と。しかし、借金問題もあることから、普通の入学は厳しいとの判断。
そこで、定時制、今で言う単位制高校に行くように提案する。4年と1年多くかかってしまうが、卒業すれば普通の卒業と同等扱いされるとのことで支障はないからと、自分もその流れで決めた。
当時の定時制は、商業高校しかなく、機械いじりが好きだった自分の望む工業高校は諦めざるを得なかった。
そして、いよいよその進路についての相談の日がやってくるわけだが、親はすでに決まった話しを聞くだけの状態になっていたわけだ。
「なぜ進路の相談をしてくれなかったのか」と、そこを今でも悲観しているが、母親自身が息子に対して、何をしてそうなったのか、については考え「られない」ようである。
男のおしゃべりは気持ち悪い。この縛りがすべてを奪ったに等しいのに。
全くもって、裸の王様である。
男であることに、強烈な嫌悪感を抱くようになり、中学から同時にニット短パンオナニーに目覚めてしまうことから、必然的に女子を必要と「しなくなる」。
そのため、興味は外れて行く上、誰も知らないところでオナニーがどんどん進行し、高校卒業してからは女児ショーツに手を出す。
そして、禁断の女児ショーツオナニーを知って病み付きになる。あまりにも気持ちよすぎる相性の良さで、本当に本気で女がいらなくなっていった。
それでなくても、女性代表の母親が、毎回ブチ切れて、男の印象を悪くつけてくるとしたら。お分かり頂けるだろうか。
そんな存在、いらねーよ。
これまでの男どもが、母親に対してどんだけ口説いて寄ってきたのかは知らない。
ヘラヘラしてエッチ目的で近寄って、ボディタッチは当たり前、そう言うのを拒否らない(拒否れない)仕事柄、職業病とも言えるが、水商売をやっていたせいで、人間の表と裏を見て歩いてきた人だけに、心理の使い方はお手の物である。
複雑な人間関係でも、店の利益のため、強い酒でも何倍も客と付き合いながら、深夜はオマケとして体を売っていた。
父親との離婚から生活も困窮していたから、男に金を出させては体で返していた、と言う流れである。
いろいろと汚れすぎている家庭環境。おばあちゃんに育てられた期間が濃厚で、それが基準だったから、母親のしつけは自分には受け入れられなかったのである。
名前で呼ばない、好きなことを「変わってる」、得意なことを「頭がおかしい」そんな暴言を毎度言われれば、さすがにな。
さらに生活費がかさむと「あんたがいるから、電気代が1万超えるんだ!」叫ぶ。意味が分からない。
明かりつけっぱなし、テレビつけっぱなし、カーペットいれっぱなし、オーブン、レンジよく使う、電気ポット常に使うから1日に何回も沸騰。そのすべてを息子が原因でかかっていると。
何度自殺しようかと思ったことか。自分が男で産まれたがために、迷惑がかかっていると。
おっさんからは「役立たずの大飯食らい」だいの大人2人そろって、子供を言葉で虐待。
このDV問題は、今の時代であれば確実に取り上げてもらえるだろう。
だが、親の年齢もそこそこ、すべてが解けた今は傷は癒されないが、憎しみも消えないが、謝らせたいわけでもなく、そんなことをしても、今さらだ。本当に今さら。年老いていけば、それほど女性を求めることは難しくなって行く。
せめて男性として生きていることに対して、女性を求めたい意識があればまだ救いがあるが。
あるときは、この世の男を全員抹殺してしまえばいいか、無差別殺人でもやらかそうかと、同じ死ぬならそんなやり方もありかと思うほど、自分の生まれ持った男と言う性別に対して恨んだ。
母親がそうさせたのだ。おばあちゃんは、そんなことは絶対しなかった。間違っても暴言は吐かなかった。
孫が可愛いから、なおのこと許せるのかもしれない。本当に優しく、可愛がってくれた。だから自分の本質は、物腰が柔らかいし、教え方も丁寧だったり、話し方も優しかったりする。
それを母親の手柄と自慢されるのは納得が行かない。中学、高校と、電話で先生から褒められていたことを親は話すことがあるが、そんな意外な一面を知っていながらも、褒めることもせず、いじめて脅して馬鹿にして、泣かして気の済むまで怒り任せに暴言を吐いたんだ。
その傷が癒えることは一生涯ないだろう。性転換でもしない限り。
女児ショーツに触れてからは、女装すると言う意識がないまま、自分に合っていることが安心感につながって、いけないことと知っていても、心の安心感には勝るものがなく、ひそかに身に着けていた。
それも慣れてくると、スカートも欲しくなったりした。一人の時間に身に着けてみたりした。
その頃から、女装と言うものが、自分にとっては新鮮ながらも、心が求めている安心感が強く感じるようになった。
しかし、体が男である以上、女物は無意識に興奮してしまい、着てすぐはオナニーにしたくなるが、落ち着くと心の安らぎが訪れるようになる。
男として女を求めた頃の自分も嫌いだった。わざとカッコつけようとして生意気な態度を取ってみたり、できもしないことをやってみたり。
だから男として生きるのは生活のためと割り切って、心の性別は女性として、女装を楽しむ時間を大切にしている。
恋愛対象については、すでに歪められてしまっているため、女性を求めるより、”理解者を求める”になっている。

中学の頃に、クラスの男子に言われた「顔がやつれてる」。
無理もなかった。毎日、毎日、母親とおっさん、大人2人が言葉でDV食らっていたわけだから。
子供のうちは、それで通ったとしても、年頃になっても女性を求めようとしない、普通なら異性を意識するようになると、清潔感から始まって、オシャレや身だしなみを気をつけるようになったり、鏡を見てスタイルを気にしたりと、誰が見ても分かるような変化が起きるのである。
それが一切無くても、何も気にしなかった母親。22になってから地元を抜け出し、10年ほど派遣をやって、リーマンショックによって地元に帰った。
再会した時の母親の顔は変化がなかったが、弟はきっちり男としてカッコよくなっていて、今では2児の親である。
母親は弟のことは可愛がるが、自分には甘えてくる、だらしない人間になる。
共に生活をするようになると、次第に生活費で甘えてくるようになり、弟が結婚して出てってからは、自分が一人で生活して、母親が居候状態にまでなった。
それでも何とか支払いを工面してやってきたが、しまいには母親はクレカに手を出してしまい、その支払いがついて回るようになる。
そのために仕事をするようになり、もともと金銭感覚がない馬鹿のため、支払いと利用額がどんぶり勘定になっているから、どんどん使って枠いっぱい、そこにキャッシングにも手を出して、母親の1ヶ月の給料がクレカに飛ぶようになる。
そこからは自分が、完全に近い生活費の支えをやった。それでも母親は、節約もしなかった。使い放題、出しっぱなし、つけっぱなし、お構いなし。
ビデオデッキの故障になったらこっちが修理代を払って、母親が使う。
猫ももらってきて、エサ代、砂代、無駄にかかるようになる。
自分が買ってきて、母親は当たり前に使う。金はなぜか全額自分が負担していた。
国の決まりで、社会保険強制加入が適用になると、交代勤務をせざるを得ないことになる。
毎月20万がすべてなくなる生活をしていた。
仕方なく派遣に入り、交代勤務をするようになる。社会保険を引かれても残る20万でやりくりしていたが、正月、お盆、GWと、有名な大型連休はまともにダメージを食らい、極端に収入が下がるため、副業に交通誘導をやったりした。
警備の仕事はしたことがあるので、要領は分かる。無線も難しいことはない。職長はやったことがないから、KYが書けないだけである。
そんなこんなで騙し騙し、世間は休みで遊びに行く客でにぎわうスポットに、警備員として仕事をして。
年中仕事漬け状態であろうと、母親は生活を協力する姿勢はなかった。
そしていよいよ、自分も我慢の限界を迎え、正月の仕事を断った。月収は14万。
母親「どうする?」どうもこうもねーよ。
母親は1日『4時間しかしない』仕事で、9時30分に家を出てから、14時30分には帰ってくる。それから何をするでもなく、布団に入ってテレビを見ながら寝る。18時頃にのこのこ起きてきて、夕食を作る。
料理は母親がやるが、使った食器や器具は自分が洗っていた。無駄に皿や入れ物を使って洗い物を増やし、手間をかけさせていた。
油料理が主で、つまみ系の味付けをおかずに仕立てただけの、かなりお粗末な食事。決してうまいとは言えない。もともと料理はかなりのへたくそで、子供の頃に一番嫌いな食べ物が肉だった。その中でもハンバーグが嫌いだった。へたくそな料理を嫌々やるため、ハンバーグは肉と玉ねぎの甘み、旨みが凝縮されていなければいけないものが、強火で『長時間』焼きすぎるために、肝心な中の肉汁や、おいしい旨みがすべて出てしまい、スカスカ状態の固い食べ物となっていた。それを食わされて、仕方なくソースをベタ塗りして、ソースの味で食べていたほど、まずすぎて苦痛だった。
肉嫌いを克服させようと、無理強いで肉攻めにさせられた時は散々だった。スーパーの安すぎる肉を、古くなると肉そのものが変色し、味も独特の臭みが出て、非常に食べづらくなる。それを無視して、しょう油でしょっぱい味つけに仕上げて、おかずはその肉のみ、などと言ったことがあった。いじめである。
そんなことがありつつ、小学校の家庭科で調理実習をやった時に、クラスの子と作ったハンバーグが、実に、非常に美味し過ぎていて、感動したのを覚えている。
あれは衝撃だった。こんなにおいしいものなのか!と。子供はハンバーグが大好き!とはこのことかと。
本当に、母親、実の肉親でありながらも、尊敬は、できない。何ひとつ、お世辞も言えない。本当に、どうしようもないもの。

こんな形でも、性転換させてもらえるのだろうか。気になるところである。
年は受け入れる。性転換可能で成功したら、オバサンでも女性に変わりない。
街を歩いていても、女性を見ると、憧れてしまうことが多々ある。
長い髪、瞳の形、着ている服のコーディネート、ネイル、アクセ、デコ。
体そのものでは、やはり胸の存在。本格化してきた女装で、擬似的に胸を装うことができるシリコン製のものをつけて、ブラをしたこともあるが、胸のふくらみがあるだけで、やはり違いを感じる。今までなかった部分だから、違和感はあるものの、納得する自分もそこにあり、そのギャップと葛藤する。
これが本物の胸で、自分についていたらと。胸のふくらみを支えてくれるブラの効果も、感じ方も、ありのまま自分で受けてみたい。
ただの興味本位ではなく、心がそのように求めている。そして、鏡で絶望する。結局は、男の体である。
下半身だけ女装、顔見ないルールでも、限界がある。肩幅などがそうで、腕の長さも。
ネットで性同一性障害について調べていると、およそ自分も当てはまるのかと思うことがしばしばある。
ただの女装癖、性癖と言うわけではなく、心が求めるものだから。
リアルで女性として生活することは、できないために、服は買い込「め」ない。
そこで、女子学生服などで妥協する手段を取っている。セーラーでなくても、ブレザーで十分。
本物を買うと、そろえるだけで5~6万は超えてしまうので、コスプレ枠にある女子制服で可愛いものを選んで、着て楽しんでいる。
こうなってしまったことを、後悔してもいない。むしろ、中学時代に知ったニット短パンオナニーのおかげで、女性に手を出さずに済んだので、守ってもらえたと思っている。
さらに、女児ショーツに触れたことで、男の本能より理性が強くなり、女性であることのほうが心は明らかにしてくれた。
もし、性転換をした後も、生活をやっていけるのであれば、可能性がある限りは、手術したいと思うのは、今後も変わらないと思う。
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